H.E.R. "Lord is Coming" —抵抗としてのスピリチュアル—

かなり日が空いてしまいましたが、
6月24日、アメリカでは BET Awards 2019 が開催されました。

BET Awards とは年に一回、 BET (Black Entertainment Television) が
音楽、俳優業、スポーツやその他さまざまなフィールドで活躍した黒人に与える賞のことです。

黒人文化研究者の端くれという立場以上に、
いちブラックミュージックフリークとしても見逃せない一大イベントであります。

 


Mary J. Blige Performs “My Life,” Real Love,” & More In ICONIC Performance! | BET Awards 2019

(だってこんな胸アツパフォーマンスが観られるんだぜ、、)
(きっとみなさん日頃クラブで合唱しているであろう曲ばかりだよ、最高だ)

 

 

それでそれで、今日の本題はR&B界のレジェンド、MJBお姉さまではなく、
R&B界のホープH.E.R.ちゃんのパフォーマンスについて書きたいんです!

まずは実際のパフォーマンスをご覧ください。


H.E.R & YBN Cordae Perform an Eye Opening & Evocative “Lord Is Coming” | BET Awards 2019

ちょっとまず初っ端からびっくりしたんですけど、
この子ウッドベースまで弾けちゃうのか、、?!

だってこないだはピアノの弾き語りを披露していたし、


H.E.R., SWV & Shai Perform 'A Song For You', 'Right Here' & 'If I Ever Fall in Love' | Dear Mama

 

ライブではいつもギターを抱えているし、


H.E.R.: NPR Music Tiny Desk Concert

一体いくつの楽器を演奏できるのあなた、、
(調べたらこの他にドラムとハープ、ウクレレもできるみたい)

 

それもそのはず、彼女のお父さまはミュージシャンであり、
家では常に音楽が流れていて、というか「音楽しかな」かったとのこと。
(H.E.R. interview / 新人賞を含むグラミー5部門ノミネートの新星が自らを語る | bmr / http://bmr.jp/feature/221444

そんな H.E.R.ちゃんは現在22歳(年下の衝撃)で、
フィリピン系(母)とアフリカ系(父)のミックス。
カリフォルニアはベイエリアの生まれということもあり
ベイエリアは多人種が混淆する地域)、
自分のエスニシティ(人種)を意識するのはごく自然な環境に育ったようです。

そしていつしか、自身が「若い黒人女性」であるということに誇りを持つようになったそう。
(H.E.R. Finally Reveals All — but Not How You’d Expect – WWD / https://wwd.com/eye/people/h-e-r-reveals-all-identity-the-bay-area-prince-lauryn-hill-1202777633/)

 

今回の BET Awards でのパフォーマンスでは、
そんな彼女の人種意識が色濃く反映された楽曲 "Lord is Coming" を披露しています。

https://genius.com/Her-lord-is-coming-bet-version-lyrics

この楽曲は昨年リリースされたアルバム I Used to Know Her: Part2 の中の一曲。
BET Awards では新進気鋭の若手ラッパー、YBN Cordae を客演に迎え、
この曲の持つメッセージをよりシャープに伝えました。
(完全に余談ですが YBN Cordae の新譜、めちゃくちゃいいすね)

 

 

 

何を隠そう、私がこのパフォーマンスに興味を抱くきっかけになったのは
彼女のこのポスト、すなわちこの衣装でした。

彼女が身にまとっていたのは、レザーのセットアップにベレー帽、、
そう、ブラックパンサー党を彷彿とさせる衣装なのです。
最近ですと、2016年のスーパーボウルハーフタイムショーで Beyonce
同様のコンセプトの衣装でパフォーマンスを披露し、話題になっていました。

ブラックパンサー党とは、1960年代後期~70年代に隆盛した政治組織/慈善団体。
「ブラック・パワー」による革命を標榜し、黒人の解放を目指しました。
(正直この2行なんかじゃ全然足りないくらい大規模かつ奥深い組織なので、もっと詳しく知りたい方は調べてみてネ)
(今春公開された『ブラック・クランズマン』でもブラックパンサー党の集会などの様子が描かれていましたね、
彼らも「ブラック・パワー!」と拳を突き上げていたはず)

さて、そのブラックパンサー党を想起させる衣装で、
彼女はどんなメッセージを伝えたかったのでしょうか?

次のセクションで詳しく見ていきましょう。

 

 

"Lord is Coming" で H.E.R.がメロディーにのせて歌うのは、サビとコーラスのみです。
ではそれ以外の部分はというと、喋っています。

日本だと THA BLUE HERBMOROHA などがこのスタイルでしょうか、
音楽にのせて詩の朗読をすることを
ポエトリーリーディング(poetry reading)」と言います。
「のせて」と言いましたが、メロディーやリズムがなくても、
なんなら韻を踏んでなくてもいいんです。

音楽と詩があれば成り立つポエトリーリーディングですが、
メロディーやリズムがないぶん「言葉」をダイレクトに伝えることができます。

シンガーであるH.E.R.が、
あえてポエトリーリーディングという手段を選んだということには、
「言葉」の内容をまっすぐに伝える、という意図があるのではないでしょうか。

 

 

さて、ここから先は私の解釈になるので、
「100%正しい」とか「絶対」ということはありません。
が、なるべく客観的・論理的に説明するよう心がけますので、参考程度に読んでみてくださいね。

 

ポエトリーリーディング部分で彼女は、
現代のアメリカ社会に蔓延るさまざまな問題に触れていきます。

例えば

(一つひとつ説明したいのですが、長くなりすぎてしまうので割愛します。
いつか機会があれば、この中からいくつかかいつまんでお話しようと思います)


彼女はこうした社会を

Are these the signs of an Armageddon?
アルマゲドン(世界の終末における善と悪との最後の大決戦)の兆候なの?」

と評し、ポエトリーリーディングの最後の一節では、

And this is the devil's world but the Lord is coming for his people

「この世は悪魔の世界、でも彼(キリスト)の人々(=私たち)のために主はいらっしゃる」

 と彼女は述べます。
こうした見方は宗教用語で「終末論」とか「終末思想」などと言います。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B5%82%E6%9C%AB%E8%AB%96
日本大百科全書(ニッポニカ)によると、
歴史上、終末思想は革命と結びついていくケースが多いようです。

ブラックパンサーのコスチュームの理由がここにありそうですね。

 

その後、メロディーにのせて歌が始まります。
特筆すべきはコーラス部分、

Coming, coming
Hurry, hurry
Bring us to the promise land
「さあ、はやく、私たちを約束の地へいざなってください」
Oh glory, glory, we'll reach for saving hands
「ああ、救いの手に届かんとしている」
No help will come from man
「お救いになれるのはあなた、ただ一人だけ」
The Lord is coming
「主がいらっしゃる」


黒人にとってキリストを思い歌うことは、奴隷制時代から、
辛い苦役を耐え忍び、来世への希望を見出すための唯一の術でした。
そうした背景のもとで黒人奴隷が作り出した讃美歌のことを「黒人霊歌(スピリチュアル)」と呼びます。

この曲は、現世を嘆き絶望するさなかで、
神に救いを求める「現代版スピリチュアル」である
と言えるのではないでしょうか。
(スピリチュアルについて掘り下げたい方はこちらをどうぞ!我が専修の先生の著書です、めちゃおもろいゾ)

黒人霊歌は生きている―歌詞で読むアメリカ

黒人霊歌は生きている―歌詞で読むアメリカ

 

 

最後に、なぜ私がこの度 "Lord is Coming" について記事を書こうと思ったか、
それを述べて終わりたいと思います。

先ほど、「現代のアメリカ社会に蔓延るさまざまな問題」のことを書きました。
勘がよい方は気づかれたかもしれませんが、
これのほとんどが、今の日本社会が抱える問題と一致するんです。

アメリカではH.E.R.をはじめ、
Logic, Kendrick Lamar, Janalle Monae, Childish Gambino, Joey Bada$$....
数えきれないほどのアーティストが社会に対して声をあげています。
こうしたロールモデルが数多く存在するアメリカのヒップホップシーンを
研究することは(今のところ自分にとって)肝要だと思っています。

そして今回、胸にぶっ刺さる H.E.R.ちゃんのパフォーマンスに強く感銘を受け、
記事を書くに至ったということです。

(今思ったけどこれ普通は最初に書く文言だな、、)

 

こうした社会で起こる問題に対してアンテナを持ち、
自分の考えを発信する若いアーティストがいるアメリカ。

一方日本では、そういうアーティストが生まれる土壌が育っていません。

いつか日本で、こうした「ぶっ刺さる」曲を発表する若いアーティストに出会ったら、
真っ先にこのブログでとりあげたいと思います。

 

おわり